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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)7364号 判決

理由

被告が昭和三八年七月三日ごろ原告から原告主張の手形を受け取つたことは当事者間に争ないから、それ以前に原告が右手形を所持していたことはおのずから明らかである。

そこで被告は原告からいかなる趣旨でこれを受け取つたかについて判断すると……次のとおり認められる。すなわち右手形は被告が代表者である坂口電機株式会社において他から取得し、他に割引のため白地裏書をしてその事務所に置いていたところ、右事務所に同居していた前田吉明がこれを無断で持ち出し、これを原告に割引のため譲渡することとし、原告は右事情について知ることなく同人から交付によりその譲渡を受け、割引金中二〇万円は前田に交付し、一〇万円は前田の原告に対する旧債の弁済にあてた。原告はいつたん手形を取得したが、前田にも裏書させることを便宜と考え、鯨井を使者として当時前田が同居していた被告方に行かせたが前田が不在であつたため、被告に来意を告げたところ、被告は自己の関係する坂口電機株式会社の紛失した手形を原告の使者が持つて来たのを見て内心これを右会社に回収させるため自ら取得しようと考え、表面原告の使者に対しては自分が前田に裏書させて返還すると申し向けて同人からその交付を受けたという次第である。

被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定をくつがえすべき証拠はない。

右事実によつて考えれば右手形は前田が無断持ち出したものではあるが原告は右事実を知らずにこれを取得したものであり、裏書は連続していたものであるから、原告は右手形上の権利を取得したものというべく、被告は右依頼の趣旨にもとずきおそくも満期までに前田の裏書を得てこれを原告に返還するか、少くとも原告の返還請求あればそのまま直ちに返還すべき義務を負うたものというべきである。被告は手形は無権利者から権利者の手に帰したに過ぎないから返還の義務はないと主張するが、右認定にそわない事実を前損とするものであつて失当である。しかして原告代表者及び被告本人各尋問の結果によれば、その後原告はたびたび被告に右手形の返還を求めたが、被告はこれを拒み、右手形は訴外田中政彦の手に帰した上、満期に支払場所においてすでに同人に支払われていることが明らかであるから、被告の原告に対する返還義務は履行不能に帰したものというべきである。その結果原告は右手形金三〇万円及びこれに対する満期から支払ずみまで手形法所定年六分の利息金相当の損害をこうむつたものというべく被告が原告に対しその損害賠償として右金員を支払うべき義務あることは明らかである。

よつて原告の請求は理由がある……。

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